大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)1008号 判決

上告人

ベル興産株式会社

右代表者

庄野昌宏

右訴訟代理人弁護士

海地清幸

小倉正昭

被上告人

斎藤道夫

右訴訟代理人弁護士

梶谷玄

岡崎洋

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人海地清幸、同小倉正昭の上告理由第一点について。

建物保護ニ関スル法律一条が、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者及び賃借人を含む。)がその土地の上に登記した建物を所有するときは、当該借地権(地上権及び賃借権を含む。)につき登記がなくても、その借地権を第三者に対抗することができる旨を定め、借地権者を保護しているのは、当該土地の取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有する権原として借地権を有することを推知しうるからであり、この点において、借地権者の土地利用の保護の要請と、第三者の取引安全の保護の要請との調和をはかろうとしているものである。この法意に照らせば、借地権のある土地の上の建物についてなさるべき登記は権利の登記にかぎられることなく、借地権者が自己を所有者と記載した表示の登記のある建物を所有する場合もまた同条にいう「登記シタル建物ヲ有スルトキ」にあたり、当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。そして、借地権者が建物の所有権を相続したのちに右建物について被相続人を所有者と記載してなされた表示の登記は有効というべきであり、右の理はこの場合についても同様であると解せられる。所論引用の各最高裁判例は、事案を異にし、本件に適切とはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点の一について。

本件記録によれば、原審第二回口頭弁論期日において陳述された被上告人の昭和四七年五月二九日付準備書面には、原審が所論権利濫用の判断をするにあたり、その基礎事実として認定した事情と同旨の事実の記載のあることが明らかである。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を非難することに帰し、採用することができない。

同第二点の二について。

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の本件請求が権利の濫用にあたるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人海地清幸、同小倉正昭の上告理由

第一点 (法令違背)

原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり破棄さるべきものである。

一、原判決は土地賃借権の対抗要件の具備には建物の表示の登記で良いという。

その理由は、土地の取引をする者に建物の所有名義人の氏名を知らせるにる足記載があれば十分であつて、建物自体についての権利の対抗要件としての登記と同一である必要はないというのである。

然し乍ら右解釈は土地賃借権を物権と解するものであり、現行法上かゝる解釈は許されないのである。

(一) 現行法上表示の登記は、不動産自体の現在の事実状態(現況)を登記薄に記載することであり、権利の登記は不動産に関する権利関係につき登記簿に記載することである。

そして権利の登記は、不動産に関する権利の変動を第三者に対抗する要件であり、これが登記をするか否かは私的自治の原則からして当事者の自由意思に委ねられており登記官が職権で登記するということは原則として認められていないし又登記官には形式的審査権を有するに過ぎないのである。

これに対し表示の登記については登記官の職権登記、罰則を伴う所有者の申請義務、不動産の現況についての登記官の職権調査が認められているのである。

右の如く権利の登記と表示の登記とはそのたてまえを全く異にしているのである。

(二) 現行法上土地賃借権は債権である。この賃借権自体の登記がなくてもその地上の建物の所有権の登記がある場合に敷地の賃借権に対抗力を附与しようというのが建物保護法である。

建物保護法における登記は、建物の所有権公示の機能と賃借権公示の機能を兼ねているのである。即ち同法は賃借権の公示を建物の所有権の登記で代用させているのである。

現行法の解釈上賃借権につき登記なくして第三者に対抗しうるということは民法の原則上出来ないことである。そこで建物保存登記に土地賃借権の登記の場合の如く地主の協力の如き問題がなく単独でなしうるという理由で建物の保存登記という権利の登記で賃借権という権利の公示を代用させることにしたのである。

建物所有権公示機能と土地賃借権公示機能とが一つの建物登記により兼ねられている結果、建物の所有権の登記が無効である場合は土地賃借権は対抗力を有しないのであり、又建物に有効な権利の登記があるときは、土地賃借権の対抗力は建物所有権の対抗力と法的運命を共にする扱いを受けるのである。即ち建物保護法の登記における土地賃借権の公示機能は、建物所有権公示機能に附従するのである。(判例タイムズ一九四号十二頁川井健建物保護法における建物所有権公示機能と借地権公示機能参照)

(三) されば最高裁判所大法廷が昭和三七年(オ)第一八号事件につき昭和四一年四月一七日言渡した判決にも(最高裁判所判例集第二〇巻第四号八七〇頁以下)、

「建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条は、建物の所有を目的とする土地賃借権により賃借人がその土地の上に登記した建物を所有するときは、土地の賃貸借につき登記がなくても、これを以つて第三者に対抗することができる旨を規定している。このように、賃借人が地上に登記した建物を所有することを以つて土地賃借権の登記に代わる対抗事由としている所以のものは、」

「自己の建物の所有権を対抗し得る登記あることを前提として、これを以つて賃借権の登記に代えんとする建物保護法第一条の法意に照し、かかる場合は、同法の保護を受けるに値しないからである。」

と判示し、建物保護法にいう建物の登記は保存登記という権利の登記であることを要し、この権利の登記を以て土地賃借権の登記に代用させている旨判示しているのである。表示登記では権利の登記ではないため土地賃借権の登記を代用させることは出来ないし、代用ということにならないのである。

しかも右判例は、昭和三五年三月三一日法律第一四号を以て公布され翌四月一日から施行された不動産登記法が改正後のもので建物の表示登記の制度が出来た後のものである。

従つて従前通り土地賃借権の対抗要件は地上の建物につき所有権保存登記という権利の登記を要する旨判示しているのである。

原判決は右判例にも反しているのである。

二、原判決は、死者の名前で建物の表示登記がなされ、そのまゝであつても同人が所有者であつた場合は、相続人のために土地賃借権の対抗力を有するという、被相続人が生存中土地賃借権の対抗力を有する建物の登記を有しておつた後死亡した場合には、その相続人は相続登記をしていなくても、土地賃借権を対抗しうるであろうし、この点については上告人も争わないものである。

蓋しそれは土地賃借人が適法に対抗しうる賃借権を有していたものを相続するからである。

本件の場合は、被上告人の被相続人は生存中には登記をしておらず一度も対抗しうる賃借権を有していなかつたのである。

被相続人の死(昭和二三年七月一三日)後、昭和三五年不動産登記法が改正された後職権で被相続人名義で表示登記がなされたものであつて、表示登記の時点では所有者は死亡しなかつたのである。

然るに同人を所有者なりとして記載され表示登記がなされたのであるから、この登記では所有名の記載は無効である(表示登記の趣旨からいつてその表示登記全部が無効といつているのではない、対抗力を有するための登記として無効といつているのである)。

本件では相続人たる被上告人の名義に表示の登記もされていなかつたのであり、被相続人名義で無効の表示登記がなされたまゝであつたのである。従つて対抗力を有しないのである。

原判決は、法令の解釈を誤つた違法があるのである。

第二点 (理由齟齬、法令違背、審理不尽、理由不備)

原判決は、「別の観点から本訴請求の当否を考えても」といつて附言的に次のとおり判示した。

「控訴人は、本件土地上に建物があり、借地権者がそれに居住していることを知り乍ら、その建物に保存登記がない故に収去明渡の請求が容易であるとの見透しのもとに、本件土地を楠田から買つたのであつて、購入の目的はあらたに共同住宅を構築するにあることが認められ、他方斉藤道夫の……被控訴人は本件建物を住居として使用していることが認められ、双方の事情を考えあわせれば、控訴人が被控訴人に収去明渡を請求すること自体、控訴人の土地所有権の乱用といつて差支ないから、本訴請求はこの点からも認容すべきではないのである。」と、

上告人は、右判示理由は、原審における敗訴の理由になつていないものと解する(権利濫用が抗弁として事実に摘示されていないこと(及びこれの認否も)、附言的な記載であることによる)。

然し乍ら、敗訴理由と解せられては困るので、念のため、敗訴の理由と解して上告理由を主張する。

一、理由齟齬又は理由を附さない違法(絶対的上告理由)

右権利濫用は主張であり抗弁である。従つてこれが主張ある場合に事実及び争点として判決の事実に摘示することを要する(弁論主義民事訴訟法第一九一条第一項二号)。

しかるに原判決の(もとより第一審判決も)事実中には右権利濫用ななる主張及びこれが認否は摘示されていないのである。事実摘示がなされたその主張の当否について理由中で判断すべきであるのに、これなくして前記の如き判断をしているのである。(抜打ち裁判の形式を持つた判決書)

原判決は弁論主義に反し理由に齟齬があるか或は判決に理由を附さなかつた場合に該当し(同法第三九五条)当然破棄を免れないのである。

二、法令違背、審理不尽又は理由不備の違法

(一) 原判決は、土地賃借権者が、建物の保存登記がないことを知つて土地を買受け建物収去土地明渡しを求めることは、それ自体、土地所有権の乱用であるという。

右解釈は事情の如何を問わず右のような土地を買受けて収去明渡しを求める場合すべて権利濫用になるというのである。公知の如く東京都内においては、土地の高度利用がいわれているし、共同住宅にするということは社会的要請でもあるのである。

建物収去明渡しを求めること自体がすべて権利濫用となるというのではなくて、具体的な特別の事情がある場合に権利濫用になると解すべきである。それは、社会通念上、不正不当であり権利行使を認めるべきでない場合と解すべきである。

原判決は本件のような場合具体的な特別の事情の有無に拘らず当然に権利濫用になるとなしたものであつて、法令の解釈を誤つた違法がある。

又権利濫用になるや否やの特別具体的な事情の有無につき充分審理をしなかつたものであるから審理不尽であり、これが理由を附さなかつた違法がある。

(二) 土地所有権者は賃貸中の土地についても、これを第三者に売却する自由を有する。又土地所有者は、所有権に基づく物上請求権によりその土地の占有者に対し明渡しを求め得る権利を有するものである。これは民法の基本的な原理である。

本件の場合、前所有者楠田と被上告人との間に地代値上げ等の件で紛争を生じ、昭和四一年四月から地代供託という状況が続いていたものである。その地代も昭和四一年四月分から昭和四六年一月分迄一ケ月金五、二四〇円、3.3m2(坪当り)金四〇円という低額の地代を供託して争つていたものである。

昭和四七年度の固定資産税、都市計画税が年額七五、五五〇円一ケ月当り金六、二九五円、3.3m2当り一ケ月金四八円の負担であることを考えるとき被上告人の供託地代は税金にも不足するようなものであり、同人の地代値上げに対する反対の主張が不当であつたことを推認されるし、されば楠田も売却する気持ちになつたものであろう。

本件土地の賃貸借は昭和七年四月頃なされたものである。現在の地上建物も昭和二〇年二月頃建築された戦時中の建築で朽廃に近い状態である(四〇数年経た建物に見える状況)。

しかも433.18m2(131.04坪)の地上に本件の建物が存在するのみである。

上告人は、楠田からの買つて慾しいとの要望により本件土地につき検討した結果共同住宅用地に適したので買受けたのであるが、所謂退去料も社会通念上支払う必要があるので、その金額も当時の相場で約五〇〇万円と考えてこれが話合いをすべく四、五回被上告人方に訪れたが、被上告人がこの話自体を受付けなかつたものである。現在でも話し合いが出来れば支払う用意がある。上告人は株式会社であるので適正利潤は考えていても、不正不当の利得を得ようとは考えていないし、本件の場合これを得るものでもないのである。

又共同住宅を建築することは広い目でみて東京都内における宅地の高度利用という要請にも合致するし、何等権利の濫用ではないのである。

しかるに原原判決は、右事情については何等の考慮をせず漫然と建物収去を請求すること自体が権利濫用であるとなしたものであつて、審理不尽か又は理由不備の違法がある。

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